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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)82号 判決 1996年9月05日

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

同代表者代表取締役

佐藤文夫

同訴訟代理人弁理士

大胡典夫

櫻木信義

湯山幸夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

木下幹雄

東野好孝

幸長保次郎

吉野日出夫

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第16422号事件について平成5年4月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年4月10日、名称を「熱転写記録装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭56-53892号)をしたところ、平成元年4月19日出願公告(特公平1-20992号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成3年2月7日拒絶査定を受けたので、同年8月22日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第16422号事件として審理した結果、平成5年4月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月12日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定してなるインク担体と、このインク担体を前記ベースフィルム側から加熱して前記昇華性色材を昇華させ前記インク担体のベースフィルムより遊離させる加熱手段と、前記インク担体に接して設けられ、前記加熱手段により前記インク担体のベースフィルムより遊離した昇華性色材を受容する記録体とからなる熱転写記録装置において、前記インク担体における昇華性色材が熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材であって、前記加熱手段の加熱時間を可変とし、この加熱時間を記録信号に応じて変化させて前記インク担体より遊離する昇華性色材の量を制御することにより記録体上に階調性のある画像を得るように構成したことを特徴とする熱転写記録装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  特開昭55-154185号公報(昭和55年12月1日公開。以下「第1引用例」という。)には、メッシュスクリーン(3)上に昇華性色材(17)を固体の状態で塗布してなるインク担体と、このインク担体を加熱して前記昇華性色材を昇華させインク担体より遊離させる加熱手段(1)と、前記インク担体に接して設けられ、前記加熱手段により前記インク担体より遊離した昇華性色材を受容する記録体(8)とからなる熱転写記録装置において、前記加熱手段の加熱時間を可変とし、この加熱時間を記録信号に応じて変化させて前記インク担体より遊離する昇華性色材の量を制御することにより記録上に階調性のある画像を得るように構成した熱転写記録装置が記載されている。

<2>  また、特開昭56-21895号公報(昭和56年2月28日公開。以下「第2引用例」という。)には、ベースフィルム(5)上に熱昇華性色材(61)と非熱昇華性色材(62)をインク材料とし、このインク材料を熱溶融性のバインダ(63)により固定してなるインク担体および熱昇華性色材の昇華点がバインダの軟化点よりも低い温度に設定した熱転写記録方法が記載されている。

(3)  本願発明と第1引用例に記載された事項とを比較すると、両者は、昇華性色材を固定してなるインク担体と、このインク担体を加熱して前記昇華性色材を昇華させ前記インク担体より遊離させる加熱手段と、前記インク担体に接して設けられ、前記加熱手段により前記インク担体より遊離した昇華性色材を受容する記録体からなる熱転写記録装置において、前記加熱手段の加熱時間を可変とし、この加熱時間を記録信号に応じて変化させて前記インク担体より遊離する昇華性色材の量を制御することにより記録体上に階調性のある画像を得るように構成した熱転写記録装置で一致し、インク担体が、本願発明のものが、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、昇華性色材が熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材であるのに対して、第1引用例のものは、メッシュスクリーンに昇華性色材固体の状態で塗布している点で相違している。

(4)  次に、この相違点について検討する。

第2引用例には、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、該昇華性色材は熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体が記載されており、しかも本願出願前公知であるから、第1引用例記載の熱転写記録装置のインク担体に代えて本願発明のように、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、昇華性色材が熱昇華性で且つバインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体を用いることは、当業者が容易に推考できたものである。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、第1及び第2各引用例に記載されたものから予測できる程度のものと認める。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、第1及び第2各引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。

同(2)<1>のうち、「メッシュスクリーン(3)上に昇華性色材(17)を固体の状態で塗布してなるインク担体」の点は争い、その余は認める。同(2)<2>は争う。

同(3)のうち、本願発明と第1引用例に記載されたものは「階調性」のある画像を得るように構成した点で一致するとの点は争い、その余は認める。

同(4)及び(5)は争う。

審決は、引用例に記載された技術内容の認定を誤ったため、本願発明と第1引用例に記載されたものとの一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤り、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願発明と第1引用例に記載されたものは、「階調性」のある画像を得るように構成したとの点で一致すると認定するが、誤りである。第1引用例に記載されたものは、面積階調により階調性を達成するものであり、この点で、濃度階調により階調性を達成する本願発明と異なるものである。

<1> すなわち、本願発明では、参考図ハ(a)(別紙図面1参照)に示すように、通電時間の長短に応じて転写量も増減し、かつ、色材が昇華可能な面積も増減する結果、インクの転写点の最高濃度は増減し、しかもその面積も増減する。したがって、本願発明では通電時間の変化に1対1に対応して画点の濃度を変化させることが可能となる。

<2>(a) これに対し、第1引用例に記載されたものでは、通電時間の長短に応じてのインク転写点(染色点)面積の増減は、参考図ハ(b)(別紙図面1参照)に示すように、島状イシク層が転写されたインクドットの数の増減による。すなわち、第1引用例での階調変化は、2値記録のインクドットの面積(インクドットの数)の変化によるものであり、その変化は通電時間の変化に対して1対1の関係にならない。

なお、この点に関し、審決は「(第1引用例のものは)、メッシュスクリーン(3)上に昇華性色材(17)を固体の状態で塗布してなるインク担体」と認定しているが、誤りである。第1引用例の昇華性色材はメッシュスクリーンのメッシュ孔の中に充填されている。

(b) 第1引用例に記載されたものにおいて、一定濃度のインクドットが形成されるにすぎない理由は、次のとおりである。すなわち、メッシュスクリーンではベルトの厚み方向に貫通しているメッシュ孔中に、昇華性色材のみが充填されている。第1引用例では、メッシュ孔内の昇華性色材層の一面は抵抗素子に、他面は記録紙に各々直接当接している。また、昇華性色材層は各々島状に孤立して島状にインク層を形成しており、熱ヘッドの1つの抵抗素子に対して複数の島状インク層(メッシュ孔)が当接している。抵抗素子(発熱体)に記録信号が通電されると、通電時間に応じた発熱領域(熱点)が生じる。発熱領域は昇華性色材を昇華温度以上に加熱することができる領域を示している。抵抗素子の発熱により、メッシュ内の昇華性色材は加熱される。1つの抵抗素子に複数の島状インク層が接しているので、1つの島状インク層のスクリーンベルト方向には温度分布は少ない。しかし、熱ヘッド側から記録紙側、すなわち島状インク層の厚み方向に低温方向の温度勾配が生じる。メッシュスクリーンベルトの抵抗素子側のみの昇華性色材が昇華しても昇華温度以下である昇華性色材の固体状態の部分を透過することができないので、記録媒体への転写は起こらない。メッシュ孔の昇華性色材がすべて昇華したときに初めてメッシュ孔の昇華性色材はメッシュ孔から遊離し、記録媒体への転写が可能となり、抵抗素子の発熱温度分布に応じて、全量が昇華可能となる温度範囲(熱点)に対応する島状インク層でその全量が転写される。

(c) 本願明細書及び図面(甲第2号証。以下「本願明細書」という。)の第2図に示す破線Bは、熱溶解性色材を有するインク担体の特性であり、濃度変化を生ずる時間幅が極めて狭い2値型である。甲第9号証(階調記録特性比較実験報告書)は、メッシュインクリボン、バインダインクリボン、更に参考として熱溶解型色材インク担体の記録特性を説明するものであるが、メッシュインクリボンの特性が熱溶融性色材インク担体の特性に近似していることが実験により確認された。さらに、甲第9号証は、メッシュインクリボンとバインダインクリボンの階調記録を比較考察し、メッシュインクリボンによる階調記録は2値記録型であり、バインダインクリボンによる階調記録は多値記録型であることを確認した。

また、甲第10号証は、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定したバインダリボンの断面について電字顕微鏡による観察を行い、メッシュリボンの構造を推定したものである。バインダリボンは、電子顕微鏡内の真空下でも少なくともバインダは昇華しないで残るので、断面観察によって昇華性色材の抜けた隙間あるいは昇華性色材の抜けた空孔の有無を観察することができる。しかし、そのような隙間あるいは空孔と見られる領域を観察することはできない。仮に空孔があるとしても、10000倍の電子顕微鏡で確認できない程度の微小なものである。

<3> 被告は、仮に濃度階調制御か否かの点で一致点の認定の誤りがあるとしても、この点は、第2引用例に示されている旨主張する。

しかし、第2引用例のインクシートは、異なる色のインクシートを交換することなしに色分け印字する技術に関するもので、第2引用例第2図(別紙図面2参照)に示されるように、1つのインクシートから記録紙に熱昇華性色素(A色)による画像を記録するか、非熱昇華性色素又はこれを含む結着剤(B色)による画像を記録する。このインクシートを用いた熱転写記録は、異なる色の画像を記録するものの、ある色に関していえば、その色の画像を記録するかしないかであり、基本的には2値記録である。すなわち、参考図ハ(c)(別紙図面1参照)に示すように、発熱体への長短2種の通電時間を選択して、画点の色を切り替えて記録するが、同じ色の色素点の濃度は一定である。

さらに、第2引用例の第3図(別紙図面2参照)には、加熱温度を上げると、色濃度が変化することを示したグラフが記載されている。しかし、第2引用例の第3図は、本願発明のように熱転写記録装置に利用されるオーダ(1/1000秒オーダ)で加熱時間を変化させた結果による記録体上の色濃度ではなく、「第3図は、インク層6を加熱した場合、加熱温度の違いによってA色とB色といったように異なった色が転写される模様を示すグラフである。横軸を加熱温度(熱エネルギー)、縦軸を色の種類および色濃度とすると、曲線αが、熱昇華性色素の特性であり、曲線βが非熱昇華性の色素又は顔料の特性を示している。」(甲第6号証2頁左下欄14行ないし20行)と記載されているように、横軸の加熱温度に応じて異なる色濃度に変化できることを説明しているにすぎない。

したがって、本願発明と異なる2値記録において技術的課題を達成しようとする第1引用例に、同じく2値記録技術の第2引用例を組み合わせても、本願発明の技術的課題が示唆されるものではなく、これらを組み合わせること自体が困難である。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決は、第2引用例について、「ベースフィルム(5)上に熱昇華性色材(61)と非熱昇華性色材(62)をインク材料とし、このインク材料を熱溶融性のバインダ(63)により固定してなるインク担体および熱昇華性色材の昇華点がバインダの軟化点よりも低い温度に設定した熱転写記録方法」が記載され、もって、「ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、該昇華性色材は熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体」が記載されていると認定するが、後記<1>、<2>記載のとおり誤りである。

したがって、審決の「第1引用例記載の熱転写記録装置のインク担体に代えて本願発明のように、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、昇華性色材が熱昇華性で且つバインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体を用いることは、当業者が容易に推考できたものである」との判断も誤りである。

<1>(a) 第2引用例には、熱昇華性色素(A色)の熱昇華温度を、非熱昇華性色素(B色)が溶融転写される温度より低くする点が記載されているのみであり、バインダの軟化点の点及びバインダの軟化点より低い温度で昇華記録を行う点について何の記載も示唆もない。

非昇華性色素を用いる熱転写記録では、非昇華性色素をバインダと共にベースフィルム上にインク層として固定することによりインク担体とし、このインク担体に熱を加えてバインダを溶融し、溶融したバインダの粘着性により生じたインク層と記録体との間の付着力により、溶融したバインダと共に非昇華性色素を記録体に転写し、画像記録が行われる。

なお、軟化点は「相変化を生ぜずに、無定形物質が軟らかくなる状態を示す」温度であり、融点は「固相状態から液相状態に相変化する」温度としてとらえることができる。

第2引用例では、昇華性色素と非昇華性色素とを共に同一の結着剤に混合して用いられている。そのうちの非昇華性色素を記録媒体に転写し、画像を形成するためには、結着剤は溶融することが必要である。また、「A色の熱昇華性色素の熱昇華性温度は、B色の色素が溶融転写される温度つまり結着剤の融点より低くなければならない。」(甲第6号証3頁左上欄16行ないし18行)と記載されているように、結着剤が溶融する「融点」との関係で熱昇華性色素とその昇華温度を規定することがポイントとなっている。

(b) 第2引用例の実施例には、インク担体への加熱時間温度条件の具体的な例として、A色の熱昇華性色素(KST Blue 136)の熱昇華温度が150℃、B色の色素が溶融転写される温度すなわち結着剤(エチルセルロース)の融点が190℃であると記載されている(甲第6号証3頁右上欄6行ないし11行)。上記エチルセルロースの軟化点は、上記熱昇華性色素の熱昇華温度より低い140℃である(甲第8号証ザ・メルク・インデックス第9版)。

(c) したがって、第2引用例に記載された「バインダの融点」を本願発明における「バインダの軟化点」と単純に読み替えることはできない。

<2>(a) 被告は、乙第3号証に基づき、融点が190℃であるエチルセルロースの軟化温度は155℃付近であることは技術常識であると主張する。

しかしながら、乙第3号証図2・61において、エトキシル含有が約46.1%の場合も、融点の中央値が190℃であり、その場合の軟化点は150℃又はそれ以下であると読み取れる。しかも、エチルセルロースの融点温度、軟化点温度は、ともに、重合度によっても異なってくるのであり、前記図2・61を見ると、ある特定のエトキシル含量において、融点範囲、軟化点範囲が大きく変わることが理解される。

(b) また、被告は、第2引用例に「融点」とあるのは本願発明にいう「軟化点」の趣旨である旨主張するが、それは、第2引用例全体から理解される技術思想を考慮せず熱昇華性色素のみにかかわっている主張である。すなわち、第2引用例に共存する非熱昇華性色素から見れば、融点であるから非熱昇華性色素を転写することができることを説明しているものである。上記のとおり第2引用例の実施例においてバインダの軟化点が熱昇華性色素の昇華点より低いものが使用されていることは、第2引用例の技術思想の中に軟化点の考えがないことを明らかにするものである。

(c) さらに、被告は、乙第1号証に基づく技術常識を主張するが、乙第1号証における結合剤は同一パターンを複数枚複写するためにプリント型を維持するためのものであり、画点ごとに記録する熱転写記録とは結合剤の果たす役割が全く異なり、被告のいう技術常識を証する証拠であると理解することは困難である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1>(a) 審決が第1引用例を引用したのは、本願発明の技術課題とする、昇華性色材を供給するインク担体を用い、その加熱時間を可変として、加熱時間に応じて昇華・遊離し記録体に転写する昇華性色材の量を制御することにより、階調性のある画像やカラー画像を得ることができる熱転写記録装置についての基本構成要素が記載されているためであって、本願発明と第1引用例との間に技術的思想の差異は全くない。

(b) 温度勾配ができる点及び階調の付け方は、本願発明と第1引用例との間に本質的差異はない。すなわち、第1引用例には、「熱ヘッド(1)の抵抗素子(1a)を例えば200°程度に加熱すると、染料(17)が固体から気体に昇華・・・される。・・・この結果、記録紙(8)上に第2図に示すように熱ヘッド(1)の熱点に対応した染料(17)による染色点Pが形成される。」(甲第5号証2頁左下欄16行ないし右下欄6行)、「メッシュスクリーンベルト(3)を記録紙(8)と同期して間欠送りする場合には、熱ヘッド(1)の各熱点面積に対応した面積のスクリーンベルト(3)の染料の量が、記録紙(8)上に形成される各染色点Pの最大染料付着量になる。そして熱ヘッド(1)に供給する信号電圧の・・・印加時間を画素信号に応じて制御して熱ヘッド(1)から放出される熱量を制御すれば、染料(17)の昇華量若しくは蒸発量を変化させることができる。従って各染色点の染料付着量を制御することができるので、これにより形成される画像に画素情報に応じた階調を付けることができる。」(甲第5号証2頁右下欄19行ないし3頁左上10行)ことが記載されており、これらの記載、及びメッシュスクリーンベルト(3)の各メッシュが染料の昇華に際してどのような役割(例えば、メッシュの数で階調を変化させる等)を果たすかについて何ら明記されていないことからすれば、第1引用例記載の熱転写記録装置は、熱ヘッド(1)の各熱点に対応した箇所に染色点Pが形成され、これら各染色点Pへの染料付着量が、熱ヘッド(1)に供給する信号電圧の印加時間を画素信号に応じて制御して熱ヘッド(1)から放出される熱量を制御することにより、各熱点面積に対応した面積のメッシュスクリーンベルト(3)から昇華する染料の量を変化させて制御されるものであり、この結果、画像に画素情報に応じた階調を付けることができる、というものであると解される。

<2>(a) 原告は、第1引用例では、メッシュ孔の昇華性色材がすべて気体(昇華)となったときに初めてメッシュ孔の昇華性色材はメッシュ孔から遊離する旨主張する。しかしながら、第1引用例には、「染料(17)は、熱昇華性または低沸点でかつ常温で固体の有色物質が用いられ、気化性の良い溶剤中に溶解された状態で染料槽(16)内に収容されている。従ってスクリーンベルト(13)が矢印方向に走行されることによって、ベルト全面に染料(17)が塗布または浸潤される。塗布された染料(17)は、ローラ(4)の部分で赤外線ランプ(19)によって乾燥されてから熱ヘッド(1)の部分に供給される。なお染料(17)の昇華点または沸点以下で乾燥が行われる。」(甲第5号証2頁右上欄3行ないし12行)と記載されており、この記載によれば、染料は、気化性の良い溶剤中に溶解された状態で搬送され、赤外線ランプによって乾燥されるから、この乾燥によって気化性の良い溶剤は蒸発し、その後に、染料溶液から溶媒が蒸発した分の容積に相当する多量の空孔ないし隙間が形成されるものと考えられる。そして、各々の空孔は、昇華性染料の径からみると、かなり大きな径となる。そうすると、第1引用例の抵抗素子の発熱量がメッシュ孔内の昇華性色材を部分的に昇華温度とする程度であったとしても、昇華した色材は、色材中の前記空孔を通過して記録媒体に到達し、そこに転写され、インクドットの形成がなされるものと解される。そして、この場合の転写及びインクドットの形成は、均一加熱抵抗素子の発熱量に応じたものであり、これにより、記録媒体上に画素情報に応じた階調性のある画像が得られることとなる。

(b) なお、原告が、第1引用例が穿孔の面積を変化させる面積階調によらざるを得ないことの根拠として引用する第1引用例中の箇所は、審決が引用した第1引用例の第1発明についての一実施例とは異なる第2発明についての一実施例である複写装置に関する記録を引用しており、審決の理由とは関係のない不当な主張である。

(c) 原告が提出した甲第9号証は、A 画素形成の比較の項において、階調レベルの着色点は主としてメッシュ糸上の染料に由来するものである。B 画素の形状特性の比較の項において、階調レベルはメッシュ内に充填された昇華染料が抜け落ち記録紙上に堆積したと考えられる。C 画素単位の濃度形状の比較の項において、第1引用例の画素の濃度形式は2値記録に用いる溶融型熱転写記録の画素にも見られることから、結果として第1引用例が2値記録であると報告しているが、上記A、B及びC各項はいずれも推測に基づくものであり、これをもって、直ちに第1引用例記載のメッシュインクリボンによる階調記録は2値記録型と断定する証拠とは認められない。

また、甲第10号証の報告内容は、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダに固定した断面観察であって、この結果から昇華性色材の固定手段を異にするメッシュインクリボンにおいても隙間や空孔と見られる領域がないとすることはできない。

<3> 仮に、本願発明と第1引用例に記載されたものが階調性の点で異なるとしても、第2引用例に記載されているインク担体は、非熱昇華性色材をバインダにより固定して有している点を除いて、本願発明のインク担体そのものである。そうであるとすると、昇華性色材が記録媒体に移動(転写)するメカニズムも、本願発明と全く同じである。

そして、第2引用例においても、加熱時間の可変により、熱昇華性色材の昇華量が変化、すなわち、記録体への印字の色濃度が変化している。すなわち、第2引用例には、第3図(別紙図面2参照)に関して、「第3図は、インク層6を加熱した場合、加熱温度の違いによってA色とB色といったように異なった色が転写される模様を示すグラフである。横軸を加熱温度(熱エネルギー)、縦軸を色の種類および色濃度とすると、曲線αが、熱昇華性色素の特性であり、曲線βが非熱昇華性の色素又は顔料の特性を示している。つまり、加熱温度が比較的低い領域では、温度上昇につれて、熱昇華性色素61の昇華量が増大して記録用紙7への付着量が増し、A色の濃度が次第に濃くなる。」(甲第6号証2頁左下欄14行ないし右下欄3行)と記載されている。また、熱転写記録に関して、「この方法によれば、熱昇華性色素の熱昇華温度と非熱昇華性色素ないしは結着剤の熱溶融温度が異なるような材料を選択することにより、サーマルヘッドの加熱温度を変えることで、騒音の無いノンインパクト式による2色印字が可能となる。」(甲第6号証2頁左上欄13行ないし18行)こと、加熱温度の選択に関して、「サーマルヘッドの印加電力ないしは印加時間を変えることにより、2色または3色以上の色分け印字が可能となり、」(甲第6号証3頁左下欄14行ないし16行)と記載されている。

上記の記載において、第3図(別紙図面2参照)は特性曲線αは熱昇華性色素の特性を示し、加熱温度が比較的低温領域では、温度の上昇に比例して昇華量が増大し記録紙への付着量が増大し、濃度が次第に濃くなることを説明している。そして、サーマルヘッドの加熱時間である印加時間の長さに応じて、サーマルヘッドの温度が上昇することは当該技術分野において自明のことである。すなわち、第2引用例第3図の横軸に示される加熱温度は、加熱時間に相当するものである。

したがって、審決の「第1引用例記載の熱転写記録装置のインク担体に代えて本願発明のように、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、昇華性色材が熱昇華性で且つバインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体を用いることは、当業者が容易に推考できたものである」との判断には、結局、誤りはない。

(2)  取消事由2について

<1> 第2引用例には、「バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体」の点が実質記載されている。

(a) すなわち、第2引用例には、インクシートの断面図を基にして熱転写方法が詳細に説明されており(甲第6号証2頁右上欄19行ないし左下欄8行、及び、第2図(別紙図面2参照))、熱昇華性色素に関しては、「比較的低い温度即ち熱昇華性色素61の熱昇華に適する温度で加熱すると、インク層6中の熱昇華性色素61のみが熱昇華して61’のように記録媒体7に付着し転写される。」と記載されている。

(b) さらに、昇華点温度をバインダの軟化点より低い温度にすることは、技術常識である。このことは、本願明細書(甲第2号証5頁)において昇華性染料を用いた熱複写法も知られているとして例示した特公昭39-18793号公報(乙第1号証)に「転写性の物質と結合剤の組合せは融点又は昇華点が結合剤の軟化点以下にあるように選ばなければならない。若しこれを無視すると、本発明の工程は染料だけでなく層の部分も転写されるため充分に作用しない。この結合剤と染料との相互の調整は、殊に結合剤の軟化点及び融点並に昇華点に関して難点を生じない。」(2頁左欄下から13行ないし8行)と記載されていることから明らかである。

<2> 原告は、第2引用例の実施例の結着剤として例示されているエチルセルロースの軟化点は140℃であることを根拠に、軟化点についての審決の認定を問題とする。

しかし、上記実施例のエチルセルロースの軟化点が140℃であると解することは、妥当でない。すなわち、原告がその主張の根拠とする甲第8号証(ザ・メルク・インデックス第9版)には、市販のエチルセルロースは47ないし50%のエトキシ基をもち、47%製品は140。で軟化することが記載されているものの、47%以外のエトキシ基をもつエチルセルロースの軟化点がどのような値をとるかについては全く不明である。エチルセルロースの融点温度、軟化点温度はエトキシル含量(%)と重合度によって異なることは、周知の事項であって、例えば、エトキシル含量50%の場合、融点が190℃であるエチルセルロースの軟化点温度は155℃付近である(乙第3号証113頁、114頁(e)項、図2・61)。さらに、乙第3号証には、47%含有したエチルセルロースの軟化点温度として、150℃を越える温度が記載されており、このことからも原告の主張は妥当でない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、甲第9及び第10号証を除く書証の成立は、当事者間に争いはない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)<1>(第1引用例の記載事項の認定)のうち、「メッシュスクリーン(3)上に昇華性色材(17)を固体の状態で塗布してなるインク担体」を除く事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消軸の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  審決の理由の要点(3)(一致点及び相違点の認定)のうち、本願発明と第1引用例に記載されたものは、「階調性」のある画像を得るように構成した点で一致するとの点を除く事実は、当事者間に争いがない。

<2>  本願発明の特許請求の範囲(発明の要旨)には、「階調性」との記載があるが、その記載が濃度階調を意味するのか、面積階調を含む上位概念としての記載なのか、一義的に明らかではない。そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「サーマルヘッド16の発熱抵抗体は、階調性記録信号18によってその通電のオン、オフが制御されると共に、通電時間が制御される。これによって、インク担体13における昇華性色材11がベースフィルム12より遊離して記録体14に転写される場合、その転理量が階調性記録信号18に従って変化するので、結局記録体14上に得られる画像17として、記録信号18に応じた濃度変化を持った階調性のある画像を得ることができる。」(8頁6行ないし15行)、「4段階の記録濃度で表現される階調性のある画像17を得ることができる。」(10頁6行ないし8行)と記載されていることが認められるが、面積階調であることをうかがわせる記載はないから、本願発明は、ベースフィルムを使用することにより、通電時間の長短に応じて転写量も増減し、かつ、色材が昇華可能な面積も増減する濃度階調を実現するものであり、特許請求の範囲(発明の要旨)にいう「階調性」は、濃度階調を意味するものと認められる。

<3>(a)  これに対し、前記1に説示の事実(審決の理由の要点(2)<1>の一部)に加え、甲第5号証によれば、第1引用例には、「メッシュスクリーンベルト(3)は400メッシュ/インチ程度であってよく、例えば、シルクスクリーン、合成繊維スクリーン、金属メッシュスクリーン等が使用され」(2頁左上欄12行ないし15行)、「染料(17)は、熱昇華性または低沸点でかつ常温で固体の有色物質が用いられ、気化性の良い溶剤中に溶解された状態で染料槽(16)内に収容されている。従ってスクリーンベルト(3)が矢印方向に走行されることによって、ベルト全面に染料(17)が塗布または浸潤される。塗布された染料(17)は、ローラ(4)の部分で赤外線ランプ(19)によって乾燥され」(2頁右上欄3行ないし10行)、「スクリーンベルト(3)のメッシュ間には染料(17)が固体の状態で塗布されている。塗布された塗料(17)は、圧着ローラ(2)の部分において熱ヘッド(1)と記録紙(8)との間を通過する。この状態で、熱ヘッド(1)の抵抗素子(1a)を例えば200°程度に加熱すると、染料(17)が固体から基体に昇華または固体から液体を経て気体に蒸発される」(2頁左下欄12行ないし19行)、「この結果、記録紙(8)上に・・・熱ヘッド(1)の熱点に対応した染料(17)による染色点Pが形成される」(2頁右下欄4行ないし6行)と記載されていることが認められる。これらの記載からは、第1引用例における階調性が面積階調であるのか否か明確でない(なお、上記記載によれば、昇華性色材は、スクリーンベルトのメッシュ間に塗布されているものであり、「(第1引用例は)、メッシュスクリーン(3)上に昇華性色材(17)を固体の状態で塗布してなるインク担体」との審決の認定は不正確であると認められる。)。

しかし、甲第5号証によれば、第1引用例には、第2発明の実施例について、「熱ヘッド(1)でもってスクリーンベルト(3)の染料(17)を昇華または蒸発させてこれを記録紙(8)に転写すると、スクリーンベルト(3)には第2図のように孔(31)が穿孔される。・・・スクリーンベルト(3)の孔(31)が穿孔像として残り、穿孔原版が形成される。・・・このインク(29)をスクリーンベルト(3)の孔(31)を介して記録紙(20)に付着させれば、第1図の印写装置によって形成された記録画像とほぼ同一の画像が記録紙(20)に複写印刷される。」(3頁左下欄7行ないし右下欄4行)と記載されていることが認められる。甲第5号証における階調性が濃度階調であるならば、上記のような穿孔される面積が変化した穿孔原版を得ることが不可能であるから、この穿孔原版により記録画像とほぼ同一の画像が記録紙に複写印刷されるということは、そこで示される階調性は、面積階調を意味すると認められる。したがって、第1引用例に記載されたものは、メッシュスクリーンを使用することにより、面積階調を実現するものであると認められる。

(b)  被告は、上記穿孔原版に関する引用箇所は、審決が引用した第1発明についての一実施例とは異なる第2発明についての一実施例であり、審決の理由とは関係のないものである旨主張する。

しかしながら、甲第5号証の第2発明において使用する穿孔原版は、第1発明に係る熱昇華性物質が塗布されたメッシュスクリーンそのものであり、第1発明における有色物質を記録体に付着させる工程も、第2発明の穿孔原版を製造する工程も、画素情報に応じて制御される熱源でもって実施するものであるから、第1発明の階調性の意味を明らかにするために第2発明の実施例についての記載を参酌することは、許されることである。

また、被告は、染料は気化性の良い溶剤中に溶解された状態で搬送され赤外線ランプによって乾燥されるから、この乾燥によって気化性の良い溶剤は蒸発し、その後に染料溶液から溶媒が蒸発した分の容積に相当する多量の空孔ないし隙間が形成されるものと考えられ、各々の空孔は昇華性染料の径からみるとかなり大きな径となると主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第9号証及び弁論の全趣旨によれば、第1引用例の実施例の記述に従ってメッシュインクリボンを製作し、通電時間を0.12ms(ミリ秒)から0.12msごとに3.84msまで増加させると、図4a(別紙図面3参照)の示すとおり、本願発明においては、階調レベル(通電時間)の増加に従い、画像の光学濃度が直線的に滑らかに増加するのと異なり、階調レベル26(通電時間3.06ms)付近より急激に濃度が増加し飽和することが認められる。この現象は、原告の主張する各メッシュ中の固体状態の染料中には空孔又は間隙はないとの仮説を裏付けるものと認められ、かなり大きな径の空孔又は間隙が形成されるとの被告の主張は、採用できない。

<4>  以上によれば、本願発明は、ベースフィルムを使用することにより、通電時間の長短に応じて転写量も増減し、かつ、色材が昇華可能な面積も増減する濃度階調を実現するものであり、第1引用例に記載されたものは、メッシュスクリーンを使用することにより、面積階調を実現するものである。審決は、濃度階調か面積階調かの点は相違点として直接摘示していない。しかしながら、審決は、それらの相違をもたらすベースフィルムを使用するかメッシュスクリーンを使用するかの点については、前記説示のとおり、「インク担体が、本願発明のものが、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、昇華性色材が熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材であるのに対して、第1引用例のものは、メッシュスクリーンに昇華性色材固体の状態で塗布している点」を相違点として摘示し、相違点として取り上げているから、審決が濃度階調か面積階調かの点を直接相違点として摘示していないことをもって、審決に一致点の認定の誤り又は相違点の看過があると認めることはできない。本願発明が濃度階調であり、第1引用例のものが面積階調である点は、相違点についての判断に誤りがあるか否かの問題として考慮されるべきである(この点については、後記(2)<2>、<3>で説示する。)。

したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  原告は、第2引用例には、バインダの軟化点の点及びバインダの軟化点より低い温度で昇華記録を行う点について記載も示唆もないと主張する。

甲第7号証(岩波理化学辞典第3版968頁)によれば、軟化点は、「無定形質が軟らかくなる温度」を意味することが認められる。

そして、甲第2号証によれば、本願明細書には、「本発明において、インク担体における昇華性色材は一般にバインダによってベースフィルムに固定されるが、その際昇華性色材の昇華点とバインダの軟化点との関係は重要である。なぜならば、バインダの軟化点が昇華性色材の昇華点より低い場合には、加熱により昇華性色材の昇華が始まる前にバインダの軟化溶融が始まり、バインダを含む昇華性色材の層のほぼ全体が記録紙に転写していまい、加熱時間を変えても第2図の破線Bに近い記録濃度の変化となって、階調性のある記録が困難となるからである。したがって昇華性色材の昇華点は、昇華性色材をベースフィルムに固定するバインダの軟化点より低いことが必要条件となる。」(10頁9行ないし11頁2行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願明細書における「バイシダの軟化点」も「バインダの軟化溶融が始まる」温度を意味し、「バインダを含む昇華性色材の層のほぼ全体が記録紙に転写してしまう」結果を避けるために考慮すべき事項であることが認められる。

他方、甲第6号証によれば、第2引用例には、「加熱温度条件としては、A色の熱昇華性色素の熱昇華温度は、B色の色素が溶融転写される温度つまり結着剤の融点より低くなければならない。」(3頁左上欄15行ないし18行)、「加熱温度が比較的高い領域では、温度上昇につれて、非熱昇華性顔料又は非熱昇華性色素を含んだ結着剤63の熱溶融量が増大して記録用紙7への付着量が増し、B色の濃度が次第に濃くなる。」(2頁右下欄6行ないし10行)と記載されていることが認められる。そして、甲第7号証(岩波理化学辞典第3版1359頁)によれば、融点の説明の項に、「非結晶性の物質(無定形質)では一定の融点を示さず、温度が上がると粘い状態を経てしだいに液相となる。」と記載されていることを参酌すれば、第2引用例は、融点との用語は用いていても、「温度上昇につれて・・・結着剤63の熱溶融量が増大して記録紙7への付着量が増」す結果を避けるために、「A色の熱昇華性色素の熱昇華温度は、B色の色素が溶融転写される温度・・・より低くなければならない」と、実質的に本願発明と同じ技術内容を開示しているものと認められる。

さらに、乙第1号証(特公昭39-18793号公報。昭和39年9月3日出願公告)によれば、熱により溶融又は昇華し得る物質がプリント型からプリント紙へ転写される工程に関する発明において、「転写性の物質と結合剤の組合せは融点又は昇華点が結合剤の軟化点以下にあるように選ばなければならない。若しこれを無視すると、本発明の工程は染料だけでなく層の部分も転写されるため充分に作用しない。この結合剤と染料との相互の調整は、殊に結合剤の軟化点及び融点並びに昇華点に関して難点を生じない。」(2頁左欄下から13行ないし8行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、熱昇華性色剤の昇華点をバインダの軟化点よりも低い温度に設定することは、技術常識上当然に考慮することであると認められ、この点も、第2引用例には実質的に軟化点の点が開示されているとの前記認定を裏付けるものであると認められる。バインダの役割の違いをいう乙第1号証についての原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、第2引用例中のエチルセルロース(関東化学製、融点190℃)の実施例(甲第6号証3頁右上欄6行ないし11行)は、熱昇華性色素の昇華点より低い温度に結着剤の軟化点があると主張する。

確かに、甲第8号証(ザ・メルク・インデックス第9版)によれば、エチルセルロースの項には、「市販のエチルセルロースは43-50%(47-50%は誤記と認める。)のエトキシ基をもつ。47%製品は140°で軟化し、」(訳文2頁4行ないし6行)と記載されていることが認められる。しかしながら、上記記載自体、エトキシ基が47%のものについての軟化点を示すにとどまるものである。さらに、乙第3号証によれば、図2・61(114頁)にエチルセルロースの置換度と融点、軟化点との関係が記載され、エチルセルロースの融点が190℃のとき、その軟化点は155℃の場合があることが示されている。したがって、原告が指摘する第2引用例中の実施例は、第2引用例が実質的に軟化点の点を開示しているとの審決の判断と矛盾するものではない。

そうすると、「第2引用例には、ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、該昇華性色材は熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体が記載されており」との審決の認定に誤りはない。

<2>  次に、濃度階調か面積階調かの点について、第2引用例の第3図(別紙図面2参照)の示す技術内容について検討する。甲第6号証によれば、「第3図は、インク層6を加熱した場合、加熱温度の違いによって、A色とB色といったように異なった色が転写される模様を示すグラフ」(2頁左下欄14行ないし16行)であり、「Tα温度とTβ温度においては、記録用紙7への転写時にA・B両色の混在比は著しく大きく、純粋のA色およびB色に近い。ただし、温度TαとTβとの中間のTγ温度付近の温度を瞬間的に加えた場合は、A色とB色との中間色が現れる。」(2頁右下欄17行ないし3頁左上欄1行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、第2引用例の第3図の熱昇華性色素の特性を示している曲線αは、加熱温度が、Tα温度のときより、Tγ温度のときの方が、色濃度に関して大きな値になることを示していると認められる。そうすると、甲第6号証の熱昇華性色素で示される階調性は、濃度階調であると認められる。

ここで、熱昇華性色素の色濃度に関し、Tα温度とTγ温度という加熱温度は、どのようにして具体化しているかについて検討すると、甲第6号証によれば、「このとき、印加電力を0.8w/dotで一定にし、パルス幅10mS(注・ミリ秒の意味である。)・・・で印加すると、昇華染料による青色が印字され、パルス幅40mS・・・では紫がかった赤色が印字された。また、30mS・・・印加では、紫色の中間色が得られ、前記2者とは識別できた。」(3頁右上欄17行ないし左下欄4行)、「従って、第2図のように作成されたインクリボンを・・・サーマルヘッドの印加電力ないしは印加時間を変えることにより、2色または3色以上の色分け印字が可能となり、」(3頁左下欄10行ないし16行)と記載されていることが認められる。そうすると、甲第6号証においても、加熱時間を変化させることにより、記録体上の色変化、すなわち濃度階調を実現しているものと認められる。

原告は、第2引用例の第3図は、横軸の加熱温度に応じて異なる色濃度に変化できることを説明しているにすぎない旨主張するが、この主張は、上記に説示したところに照らし、採用できない。

そうすると、第2引用例には、熱昇華性色材は加熱時間に応じて色濃度が変化し、記録体上に濃度階調を示すことも示唆されていると認められる。

<3>  第1引用例記載の熱転写記録装置のインク担体に代えて第2引用例のインク担体を用いることが容易か否かについて検討する。

第2引用例には、「ベースフィルム上に昇華性色材をバインダにより固定し、該昇華性色材は熱昇華性で且つ前記バインダの軟化点より低い温度で昇華する色材よりなるインク担体」が記載されていることは、前記<1>に説示のとおりであり、軟化点の点から、組合せの困難性があると解することはできない。

次に、前記(1)<3>及び(2)<2>に説示のとおり、第2引用例の第3図(別紙図面2参照)に記載されたものは濃度階調であり、第1引用例に記載されたものは面積階調であるとの相違がある。しかしながら、前記(1)<3>及び(2)<2>に説示のとおり、第1引用例及び第2引用例に記載された技術内容は、ともに「熱転写記録」に関するものであって同じ技術分野に属し、しかも「昇華性色材」を使用し、「加熱時間に応じて、インク担体より遊離する昇華性色材の量を制御する」点で共通するものであるから、濃度階調か面積階調かの違いがあっても、第2引用例に記載されたインク担体を第1引用例に記載されたインク担体に代えて適用することは、当業者が容易に実施し得る程度のものと認められる。

そして、その組合せによる効果も、第1引用例及び第2引用例に記載されたものから予測できる程度のものと認められる。

原告は組合せの困難性を主張するが、その主張は、第2引用例に記載されたものがある色に関していえばその色の画像を記録するかしないかであって基本的には2値記録であり、第3図は横軸の加熱温度に応じて異なる色濃度に変化できることを説明しているにすぎないことを前提とするものであるところ、その前提が認められないことは前記説示のとおりであるから、上記原告の主張は採用できない。

したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  したがって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙 1

<省略>

別紙 2

<省略>

別紙 3

<省略>

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